貴方と私、離れる訳もありません。
小指を結ぶ赤い糸、見えるでしょ?
C×M 相棒に捧ぐ
「ヴィットリオ。お前は帰れることになった。感謝しろ」
「、…は?」
幼なじみの屋敷で、蜂蜜入りケーキを頬張っていたら、幼なじみが急にそう言う物だから、思わずきょとんとしてしまった。
「過去だ。お前が本来あるべき時間へ帰れる」
いつも通り平然とした口調で、幼なじみはそう告げた。
「…というわけで、幼なじみのアレクシスの手配で時空移動とかいう大層な魔法が使えるんだそうです」
私がそう言うと、恋人は微笑んだ。の、だろう。見えないけれど、感じたから。
「そぉでござぁますか。それではヴィットリオはお帰りになるのですね」
頷きそうになって、
はたと気付いた。
私が帰れば、今ここに居る恋人は、どうなる?
取り残されて、一人になって、
――死を選ばれでもしたら、嫌だ。
首を横に振った。
「いいえ。ここには貴方が居ますから、帰りません」
恋人は軽く苦笑して、言った。
「…ヴィットリオ、こちらに」
とことこと寄っていったら、
「…お気持ちは、大変嬉しいですし、アタクシもアナタと在りたい。…ですが、アナタの幸せの為なら、アタクシの幸せなど、」
ふいに口元に当てられた布に驚いて、思わず息を吸ってしまった。
意識が遠のいて、そこまでしか聞こえなかった。
「…ごめんなさい。お許し下さぁませ、ヴィットリオ」
目を覚ませば、森。見えなくたって匂いでわかる。
それも、懐かしい、昔の香り。
戻ってきたと、いう訳か。
周りにあの人は居ない。
思い至るのは彼の自己犠牲だ。
自分が居れば帰らないからと、私を眠らせて、アレクシスに頼んで、
そうだ、そうに決まっている!
立ち上がって町へと走り出す。
「ハムレット、どこですか!ハムレット!」
この時代のハムレットに会ったって、相手に事情が分からないことくらいわかっている。
けれど、言葉がまだ「反対」ではなくて、
彼の最期のキスから半日も経っていないことがよくわかって、
探さなければという衝動に駆られて、
ばたばたと鳩の羽音がする。
「ハムレット!」
「どうかなさったのでござぁますか?水垂屋サン」
呆気に取られた様子の彼に縋っても、
何も変わらないことくらい分かっているのに、
広場の真ん中から駆け寄って来た彼に、思い切り抱きついて、縋って、泣いてしまう。
「ハムレット、何故、どうして、」
何を言っても通じないことくらいわかっている。
「私を勝手にこっちに送ったりしなかったんですか、」
ああ、12時だ。
「なんで勝手な真似をしなかったんですか、」
言葉が「反対」になって、キスの残り香が消えていく。
「カペラさん!」
唇が濡れる。
キスが落ちて来た証拠だ。
「アタクシが、どうかいたしました?ヴィットリオ」
「え、ハ、ムレット…?」
間抜けな声をあげたら、彼が微笑む。
見えないけれど、感じてる。
「はい。ハムレットで、カペラで、」
「その上、おこがましいお話ではござぁますがアナタの恋人でござぁますよ」
「ハムレット、貴方も、こちらにいらしたんです、か?…本当の、本当に?」
尋ねたけれど答えは分かっている。
言葉が「反対」ではないから。
「ええ、本当の、本当に。アナタから離れたくはなかったものでござぁますから」
分かっていても、答えが聞けると安心する。
「馬鹿な奴め。貴様が残ってはヴィットリオが悲しむに決まっているだろう」
「感謝するのだな。小生は普段はこんなことはしない」
「この馬鹿が泣いて歌わなくなったら癪だからするだけだ」
「分からないのか?特別に、貴様も過去に送ってやると言っているんだ」
幼なじみがそんなことを言ったのだろうなと思って、思わず笑みが溢れる。
あとで屋敷を訪ねてお礼に歌ってやらなければと、そんなことを思った。
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